皆さんお元気ですか?
今日はお仕事で外回りをしてました。その時、ある教会の看板に 「畑を選ばない種」と次週の説教タイトルが書いてありました。
本当にこのタイトルが頭から離れず考えさせられました。なので分かち合いをしたいです。
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畑を選ばない種・・・・
(マルコ 4:3-8)種を蒔く者は種を蒔いた。その結果・・・
①ある種は道ばたに→鳥が食べてしまう(外的要因によって種が奪われてしまう)
②ある種は石地に →土が殆どないので芽は出すが、根が育たないためすぐ枯れる(種が植物として育たない)
③ある種は茨の地に→茨が周りで育つので、種は、成長後も栄養をどんどん取られてしまい、実を実らせるまでに至らない。
④ある種は良い地に→すくすくと芽が出、成長し、実を実らせるどころなく、30倍、60倍、100倍の溢れる実を実らせる(種が本来のデザインされた通りの成長を遂げ、多く祝福を世界にもたらす。)
I: 30,60,100倍の祝福という実を実らせるようにデザインされた種:
種=完全で力ある神様のお言葉(マタイ4:4、ヨハネ1:1)
この種には人の人生を変革させてしまう特別な力が宿っていて、もしこの種が本来デザインされた通り人の中で成長するなら、ものすごい良い実を実らすように設計されている。
種=それはどこまでも神の愛のメッセージ:イザヤ43:4「あなたは我が目に高価で貴い。私はあなたを愛している。」
エレミヤ31:3「主は遠くから彼に現れた。わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに真実をつくしてきた。 」
だから種に対する確信を持ち、その種(福音)の持つ爆発的な力(すべての神の愛に反するものを蹴散らし、また神の愛に生きるものに無限の力、永遠の命を与える力)を信じていこう!この種があるならどんなことでも本当にできる(ピリピ4:13)
畑=人の心
II: 種を蒔く者になることを神は私たちに期待しておられる:
種(神様の御言葉)はどんな人にも平等に蒔かれて(与えられて)いくように神は願われておられる。(マタイ4:9)
私たちがその種を蒔く者になるように神は願われておられる:(マタイ28:19-20) だから私たちはこの最高の種を蒔きに、どんな畑にも種を蒔きにいく。
心に留めたいこと:種を成長させるのは神様の担当。私たちの担当は種を蒔きに行くこと、それが私たちに与えられている使命。
私たちにはその畑が良いか悪いか事前には分からないようになっている。私たちは種を蒔き、その結果によってのみその畑の善し悪しを知ることができる。
逆に畑の状態が悪くてもそれは私たちの責任ではないので、悪い畑に遭遇しても落ち込まむ必要はない。良い畑に出会って、種が豊かに生長するように、また別の畑に出かけよう!
III: どんな時でも種を蒔き続けよう(神の言葉を伝えていく):
IIテモテ4:2「御言を宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても、それを励み、あくまでも寛容な心でよく教えて、責め、戒め、勧めなさい。」
種を蒔き続けよう、たとえそれが逆境の様に思える時でさえも。
実は逆行の時にこそ、より強く神様は働いてくださる
IIコリント12:9「私の恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さ(逆境)のうちに完全に現れるからである」
どんな時も種を蒔く。それは、神様から私たちに与えられた使命であり、Lifestyleであり、喜びそのもの。
ビ ル・ウィルソン牧師は語る。「My commitment is stronger than my emotions(私の神の使命への忠実さは、私の感情にいつも打ち勝ちます。)」ビル・ウィルソン牧師は、ニューヨークのスラム街で伝道を現在も続けて いるが、襲われ、銃で口の中を撃たれた。時に病で倒れ、3度飛行機事故に遭った。それでも決して伝道することを止めず、種を蒔きに行くことを、止める理由 にはしなかった。
種を蒔く段階で、良い地だけを選んで種を蒔くことは、私たちには求められていない→だから、どんな畑(どの様な心の持ち主)にも種を蒔くことが期待されている→芽も出ない人(鳥)、芽は出す人(石地)、成長までする人(茨)、
↑
(この両者には圧倒的な祝福の違いがある)
↓
実を想像を超えて実を実らせる人(良い畑)。実を実らせる人は、神様は30、60、100倍の祝福を計画されておらえる←すごすぎ!!
最後に覚えて:あなたの中に蒔かれた種・・・あなたという畑でぐんぐん成長しているその種は、ただの種ではないということ。
それは神が与えた種は神の言葉そのもの。神ご自身と同じ力をもっている(ヨハネ1:1)
すなわち30、60、100倍の実を実らせるDNAを備えたもの。種の品質を絶対疑わないで。太鼓判を押された神品質!その種は想像を絶して実を豊かに実らせ、その実は、あなた1人では抱えきれないほどのもの。
あなたを始め、あなたの周りにいる多くの人にまで、その祝福のが行き届くようにすでにあらかじめ計画されている!(エレミヤ1:5)
だから今日も神様におもいっきり期待してこう、どんな出会いがあるだろう!この最高の種をもって、畑を選ばずにその人(達)に会いに行こう!





2 comments:
たまらんなぁ。kenji。
すばらしすぎるメッセージをありがとう!
私たちは、良い地だけを選んで、種を蒔くようには言われていないんだね。受け取る人の心の状態が良くても、悪くても、ただ、忠実に蒔き続けることを神様は、望んでおられるんだね。
ある意味、相手の反応に関係なくってことだよね。
反応の悪い人、種がほしくない人も、いくらでもいるもんね。
たとえ、リーダーや牧師、親や兄弟、パートナー、友達など、誰でも、自分を、拒絶しようが、無視しようが、去ろうが、それによって、影響されずに、私たちは、ただ愛の行動し続けていく、良い種を蒔き続けていく、そういうことなのかな。
神様は、私たちの「忠実さ」だけを評価されるよね。
周りの人々が、たとえ、良い反応をしない、正しく評価してくれなくても、あまり落ち込んだり傷ついたりする必要もないのかもしれないかな。
周りの反応によって喜んだり悲しんだりするということは、自分の価値や自信を、人々を土台にしている(依存している)ってことだもんね。
そんな当てにならないものを土台していたのなら、すぐさま悔い改めて、神様を土台にしようと思う。
神様だけが、本物の愛で私を愛してくれるし、気が変わらないし、私を捨てないから。
神様を土台にして、自分の価値や自信を神様に置こうと思う。
そして周りの人々には、愛をもって、良い種を蒔き続けて生きたいと思う。
すばらしいtimelyなメッセージを本当にありがとう!!!
ケンジが書いてくれたメッセージは、私にとって、今、「本当に聞きたかった言葉」だったよ。
You're blessing for me!
bibika
Bibika Thanks for your heartful comment on this.
まさにBibikaが言うとうりだね。「忠実さ」=使命に対して、ビジョンに対して、正しいことに対して、愛すべき対象にたいして、忠実さはなんと大切なものだろう。
この忠実さを僕らは「正しい態度」ってよぶけれど、どんな逆境の時でも神様は僕たちに正しい態度をとり続ける神様への愛の心、またそれを達成する能力をすでに与えてられるんだね。(ロマ8:28)
神様に「できるようにしてください」って祈らなくていいんだ。その代わりいつも「神様、今日も忠実に正しい態度をとり続けられる」ことを感謝しますって祈れるから。
忠実さ。神の愛をもった人が忠実さを身につけたらならば、その人はまさに真理にあって、この世界において「最強」となる。本来デザインされた力をすべて発揮している人。
それは「あなた」だって聖書は宣言してる。
神様ありがとう!!ぼくらにその力がすでにあること、僕らが忠実に神様に歩み続けることができることをありがとう!
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