こんなすばらしいYoutubeを見つけました。
(画面の右下をクリックして拡大してネ!)
平和をつくる人、それは、みんなが傷つけ合う中でも、愛することを選択することを忘れない人。どんな時でも、嵐の中でさえも、揺るがないその人は、ただ愛するという真理の原則のみを見つめます。その一点だけにフォーカスを合わせるために、その他すべての(罵ること、憎むこと、殺すこと等の)選択肢を払いのけます。
聖書は、今ある平和(それは、表面的なものかもしれません)を維持する者が幸いと言っていません。痛みの中、傷つけあう中で、平和をつくる人、産みだし、創造していく人が幸いである、と言っています。
それは、人から、周りから誰かがつくった「平和」を甘んじて受ける人でなく、「平和」をつくり、他者に与えていく人。
このYoutubeのタイトルはとてもセリフとして有名ですが、その原則は常に私たちの心にパンチを与えてきます。
本当に教えられるものです。「あなた自身が、あなたがこの世界でみたいと思う「変化」になれ」というものです。他の人任せでなく、誰かがいつか「平和」をつくりだすのを待つのでなく、"あなた"が「平和」をつくり出す人になりなさい、と言っています。
本当に教えられるものです。「あなた自身が、あなたがこの世界でみたいと思う「変化」になれ」というものです。他の人任せでなく、誰かがいつか「平和」をつくりだすのを待つのでなく、"あなた"が「平和」をつくり出す人になりなさい、と言っています。
この様な生き方が私たちに本当に可能でしょうか?
→はい、本当に可能です。
なぜなら、聖書は断言しているからです。マタイ5:14「あなた方はこの世界の光なのだよ。」
「あなたは今(現在型)この瞬間に、世界の光なんだよ。あなたの過去は暗かったかもしれない、過去は、罪と汚れ、恐れと不安で一杯だったかもしれない。
でも、あなたの本当の姿は、そのようなものではないんだよ。あなたはこの世界の光、そのものなんだよ。世界の誰もその光を否定することができない。
あなたはこの世界で輝く光として、あながた生まれる前からデザインされ、創造され、そして光として歩むように今も使命が与えられているんだよ。だから、自分がどのような存在なのかよく知り、その様に生きてごらん」と聖書は語りかけています。
あなたはこの世界で輝く光として、あながた生まれる前からデザインされ、創造され、そして光として歩むように今も使命が与えられているんだよ。だから、自分がどのような存在なのかよく知り、その様に生きてごらん」と聖書は語りかけています。
「あなたはもう光なんだよ。明日、光のようになるのでなく、今日、今この瞬間、光なんだよ」。
平和をつくりだす、そこには想像を絶する産みの苦しみが伴うかもしれません、常に「恐れ」という敵が潜んでいます。
だからなんなのでしょう。産みの苦しみの後は、誕生の喜びが待っていますから。その喜びをこの世界で、私たちは見ることが本当にできます。
光、それはこの世界の闇を照らすためになくてはならない存在。そう、それが ”あなた”です。
だからなんなのでしょう。産みの苦しみの後は、誕生の喜びが待っていますから。その喜びをこの世界で、私たちは見ることが本当にできます。
光、それはこの世界の闇を照らすためになくてはならない存在。そう、それが ”あなた”です。
http://www.youtube.com/watch?v=nGyutkBvN2s
