Friday, August 19, 2011

あなたをこんなに喜ばれてる神さま

あなたにとって神さまってどんな存在?
  • 上からいつも監視してる存在?
  • いつも裁いてくる存在?
  • いつも怒っている存在?
  • いつも遠くにいて、なかなか助けに来てくれない存在?

これらを1ミリでも信じているなら、あなたはウソを信じています!


下の言葉を見つけた時、最高の宝を手に入れたみたいに僕の心はウッキウキになりました!

ゼパニヤ3:17「あなたの神、主は、あなたのまっただ中におられ、あなたを救われる最強の戦士です。主はあなたの存在を心の奥底から喜んでおられます。ご自分の愛のゆえに、あなたをとがめることをしないばかりか、主は歌を通してあなたの存在を喜ばれます。
(献二訳)

この御言葉のすごさを一緒に考えてみたいんだ。

どうして罪まみれの僕らを神はとがめないのだろう?
この世界には「血を流すことなしには、罪のゆるしはあり得ない」という宇宙の法則が存在します。(ヘブル9:22)





逆に言うと、この世界の唯一の罪の解決の方法、罪が赦される方法は、「血を流して死ぬことによって、やっとその人の犯した罪がきれいサッパリ清算される」ということです。どんな権力のある人も、世界一の金持ちもこの法則から逃れることはできません。全ての人は罪があるため、すべての人が永遠の火の燃える地獄で死ぬ運命に、すでに定まっていました。

罪を犯した(罪の性質を持って生まれた)僕やあなたも、すでに地獄に行く運命にあります!(このままでは) しかーし、罪によって人が確実に裁かれる運命にあったのにもかかわらず、ある歴史的とんでもない出来事が、その運命を永久に覆してしまったのです。


とんでもない歴史的出来事って何?
すべての人の犯したすべての罪のために、ぼくやあなたの罪のために(それは過去、現在、未来すべての罪も含まれてます)、神の一人子イエスが人の姿になってクリスマスにこの世界に来てくださいました。(マタイ1〜2章)

なぜわざわざ、イエスは天国からこの地上に来たの?
イエスは、あまりにも人を(僕やあなたを)愛しておられるので、人がその罪によって裁かれ、永遠に火の燃えるおそろしい地獄に行く運命に対して、ただ見ているだけなんて耐えられなかったからです。

なので、イエスはこの地上に来て、本当に痛い、苦しい、辛すぎるけれども、罪を犯したすべての人の代わりに、ぼくやあなたの代わりに、十字架の上に架けられ、血を流して処刑される道を選択しました。


十字架、それは神だけのミッションインポッシブル
このミッション(全人類の罪を永遠に取り除くという歴史上一度だけ実行されたミッション)は、神さまによってだけ成し遂げられるものでした。なぜならこの世界には、「罪の全くない存在だけが、人の罪を背負うことができる」という宇宙の掟があるからのなのです。(ヨハネ1:29) (もちろんですよね。罪あって、死ぬ運命にある人が、他の人の罪を代わりに受けることなんて、できないことは明白です。)

罪のないイエスの血だからこそ・・・
イエスが罪のために、十字架上で処刑されたので、父なる神は、その罪ないイエスの尊い血に免じて、すべての人類の過去、現在、未来の罪を永遠にお赦しになったのです!

罪が赦されるためのたった一つの条件
でもここで父なる神さまは、自動的に人の罪を永遠に赦すことをなさいませんでした。
罪が赦されるために必要なたった一つの条件を神さまが人に要求されたのです。
それはあまりにもシンプルでなものです。「もしこのイエスがあなたのすべての罪をかぶり、十字架にかかってあなたの代わりに血を流し処刑されたこと、父なる神の御前にあなたの代わりに詫びて下さったことをあなたが信じるなら、その瞬間から、あなたの罪は永遠に赦され、あなたは罪から永遠に解放されるのです」という要求です。つまり、「イエスは、あなたの罪を取り去った救い主だ」と、信じることだけでした。

このイエスの十字架の出来事が、永遠に人の罪を取り去ったので、その結果、信じた人は、もうとがめられる必要も、裁かれる理由も永遠になくなってしまったのです。

こんなマンガのようなミラクルが、とんでもない出来事が、僕らの知らない時に、実際に2000年前のイスラエル、カルバリの丘と呼ばれる場所で、起こっていたのです!

なんで神さまってそんなまでして、僕やあなたの罪を解決しようとしたの?
それはあまりにもあなたに対して、神さまが愛の存在だからです。
「わたしは永遠に、この地上でも天国でも、あなたと愛し愛し合う、本当に美しく親しい関係の中を過ごしたいんだ。そのためにあなたをデザインし、創造し、祝福に満ちた人生をプレゼントしているんだよ。」by 神さま

十字架、神さまの渾身の愛 
十字架を見て。そこにあなたの知りたかったすべての答えがあります。

圧倒的に悲しい時、辛い時、孤独で死にそうな時、十字架を見て。そこに渾身の神の愛があなたに示されています。これ以上のあなたへの愛の表現を、神さまは後にも先にも思いつけませんでした。全能な神さまの全力の愛が十字架に詰まっています。

驚くべきは一方的な神の愛
この愛の神さまは、僕やあなたが全くこの神さまを知らずに生きてた時に、僕やあなたが罪を犯している時に、頼んでもいないのに勝手に僕たちの罪をかぶって十字架で血を流されました。(ローマ5:8)


僕たちが神さまの愛を信じても信じなくても、神さまは、今までもこれからも変わりなく僕たちを愛し続けてくださる存在です。

永遠に、この地上においても、続く天国においても、この愛の神さまと過ごしたいと思いませんか?


現在罪責感、罪悪感に少しでも苦しんでいる人がいますか?

神さまは言います。「もうあなたの罪は永遠に解決済みです。私があなたの罪をもう背負って、私の血によってあなたの罪がすでに帳消しにされています。ただあなたはそれを信じて、受け取ればいいんですよ。幼子のような素直さでそれを受け取ってごらん。」

「あなた」という存在をまるごと喜んでおられる神さま
あなたがどんなアスリートでも、身体が不自由でも、特別な才能があってもなくても、また、どんなおそろしい罪を犯していてもいなくても、神さまはその巨大な愛で僕たちを包んでくださっています。それはすべての感情と心と魂の満たしを意味しています。

神さまの愛の大きさ? それは、ちょうど広がり続けている宇宙と同じくらいの大きいです。つまり計れない大きさということ。

宇宙の大きさも、神の愛の大きさも、どちらもあり得ないことで、奇跡です。あなたの罪がどんなに大きくても、どんな大きな罪悪感があっても、神さまの愛の方が、比べるのがアホな(意味のない)くらい大きいのです。ここに私たちの100%の解放といやしがあります。



そのままのあなたを喜ばれる神さま      
そんな神さまが、あなたの存在そのものを喜んでおられます。あなたのすべてを愛でカバーして、あなたを喜んでおられます。あなたの弱さも、過去の傷も、現在の欠けも、すべてカバーして、そのままあなたを喜んでおられます。だから僕たちも、嬉しくてたまりません。そんなに愛の神さまに喜んでもらえるから、心が喜びで一杯になります!

「子よ。あなたが叫ぼうが、わめこうが、関係なくわたしはあなたを喜んでるんだよ。」   
ゼパニヤ3:17「あなたの神、主は、あなたのまっただ中におられ、あなたを救われる最強の戦士です。主はあなたの存在を心の奥底から喜んでおられます。ご自分の愛のゆえに、あなたをとがめることをしないばかりか、主は歌を通してあなたの存在を喜ばれる。

Tuesday, August 16, 2011

神さまが大好きな祈り

マタイ11:24 イエスは言われた、「それだから、本当にこの真実をあなたに伝えておきます。あなたが祈りのうちに、どのようなことでも祈り求め、そしてその祈りがすでにかなえられたと信じて疑わないのなら、その祈りは本当にかなえられるのです。」(献二訳)


この御言葉ってすっごいよね。「どのようなことでも」かなえられるんだって。じゃぁ、どんな自分勝手なことでもかなえられるの?


聖書の中には、すごいことを神さまに願ってかなえられた人がたっくさんいるのにビックリした。

・兄貴に殺されることがもうわかりきっていたヤコブ、その前夜、神と取っ組み合いをして叫んだ、「絶対私を祝福してくれなければ、あなたを離しません!」(創世記32:26)


・「私をめちゃめちゃ祝福してください」と呼び求めたヤベツ、(I歴代誌4:10)

・「水の上を歩かせてくれ」と叫んだ無茶を言うペテロ、

・2度も全否定に断られたのに、なおも「いいえ、絶対祝福してもらえるはずです」とイエスに食いついて離れなかったカナンの女性、

・勝手にイエスの服の一部をさわれば、祝福を絶対受けられると信じた12年間体から血が止まらなかった女性・・・


見てみて、このみんなに共通することがあるよね。彼らは「絶対祝福してもらえるって信じて、大胆に、ストレートに神さま、絶対助けて〜」って叫んで、わめいてるんだ。



「この祈りはかなえられるかな?この祈りは勝手すぎるんじゃないかな?こんな祈りしたら神さまどん引きするんじゃないかな?」と僕らは神さまに祈る時に尻込みしたり、恐れたり、不安になったりすることってない?僕はしょっちゅうあった。




でも本当の祈りは違ったんだ。




マタイ11:24「それだから、本当にこの真実をあなたに伝えておきます。あなたが祈りの内に、どのようなことでも祈り求め、そしてその祈りがすでにかなえられたと信じるのなら、その祈りは、本当にかなえられるのです。」




この御言葉にはビビリながら祈れみたいなこと、どこにも書いてなかった。もっと聖書の祈った人々を見るとよく分かる。彼らのようにめちゃめちゃ大胆に、めちゃめちゃストレートに、神さまに子供のような疑わない心で「神さま〜、絶対助けて〜!」という祈りをしてる。「100%あなたは私を助けてくださいます」って、神さまは僕たちに叫んで、呼び求めてほしいと思われてる。


間違った思い → 本当の祈り方、神様の大好きな祈り



「この病気が癒されるといいな」→「そうではない、神さま、この病が100%癒された(現在完了形;I have already 100% been healed)ことを信じて、感謝します!」



「いつか結婚相手が現れたらいいな」→「そうではない、神さま、私は最高のパートナーがすでに与えられている(現在完了形;I have already met him/her)ことを感謝します。そして、今まさにその人のいる場所に向かって、どんどん進んでいることを感謝します!ヤッホー! じゃぁ、もう会うための準備をちゃくちゃくと進めるだけだね♪」



「いい仕事見みつかりますように」→「そうではない、神さま、神さまと教会により仕えることができる最高の仕事がすでに与えられた(現在完了形; I have been already given the best job)ことを感謝します。」



「あの人と仲直りできますように」→「そうではない、神さま 〜さんとすでに仲直りし、以前には考えられなかったもっとすばらしい関係を築くことができて感謝します。」


逆境の最中にあって、勝利と喜び、感謝を神さまに捧げ、それを宣言していくことが本当に大切。神さまを信じる人には状況がその人の信仰についていくんだ。

Q. あなたは「神さまを信じてる」って言うけれど、神さまの何を信じてる?

自分の祈りを聞いて、どれだけ神さまを知っているかが分かるね。


僕の信仰はこう、「神さまは、僕がどんな状況にある時でも、100% 僕を愛し続け、祝福し続けてくださる方」ということを心の底から信じてる。




聖書の登場人物も、あなたも、僕もみんなそれぞれが、それぞれ勝手な苦しみで苦しんでた。人が困っている時でも、神さまは人とは違いぜんぜん困った状況の中にはおられない。

そのような中で、神さまはみんなの祈りを聞いておられる。祈ってる姿を見ていてくださる。みんなの真剣な祈り、大胆な祈り、「祝福が必要なんですっ」て叫ぶストレートな祈りに、神さまは、毎度こころを動かずにおられない方なんだ。


祈りを聞いた時に、神さまは天使たちに命令される。「おい、ガブリエル、今の祈りを聞いたかい?この人の祈りヤバイね。私を信じ切ってるわ。さぁ、さっそく仕事にとりかかりなさい、溢れる祝福を届けなさい。完全な癒しを、ベストな出会いを、ベストな仕事を、回復を、解決を、めぐみを、このストレートに信じて、疑わないこの人に送りなさい。なんだってこの人は、100%信じて疑わないんだから。私もこの人をじゃんじゃん祝福することをやめるつもりはないよ。

あぁなんて気持ちがいいのだろう!この人はこころから私がこの人を祝福するものだと信じて疑がってない。すばらしい!この人は私を誰であるか知っているな。私は、大胆に祝福を求めて疑わないものを、大胆に祝福する神なのだ。ワハハ!状況よ、彼の信じる通りそのようになれ!」

どんなことでも神は聞いてくださる、これが本当の祈り、神さまが大好きな祈りだね。なぜそう言い切れるかって?不安はないのかって?だって聖書がそういってるんだから、間違いない。
聖書の登場人物のことを思い出して。神さまの前に動機が正しく、神さまを喜ばすことが目的ならば、神さまは100%、僕たちを祝福したいと望んでおられる。そして「神さまから100%祝福されるんだ」って大胆に願い、信じて、それを受け取ることは、神さまの御心そのもので、正しい動機、神さまを心から喜ばすことなんだ。


だから、この今いる苦境に変化を求める祈りを神さまは100%聞いて、かなえて下さる。それが「どんなことでも信じて祈るなら」の意味だよね。

マタイ11:24 イエスは言われた、「それだから、本当にこの真実をあなたに伝えておきます。あなたが祈りのうちに、どのようなことでも祈り求め、そしてその祈りがすでにかなえられたと信じて疑わないのなら、その祈りは本当にかなえられるのです。」

Tuesday, August 2, 2011

本当のサービスとは

今日の朝、夢の中で僕は誰かと話していた。その人が僕に言ったことが頭から離れなかった。

「本当のサービスは人に喜びをもたらすものです。あなたの中にもし喜びがないのなら、真のサービスは決して提供できません。」
 

仕事をする上での本当のサービスとは、その人に喜びをもたらすこと。サービス自体をもたらすことが目的でなく、サービスを通して、喜びをもたらすことが本当の目的。

その人はまた言った。


「あなたの本当の才能は何か知ってますか?

・・・それはあなたが何かができるというものではなく、あなたの内にある「愛・喜び・平和」そのものが本当の才能なのです。そしてあなたはそれらを人々にもたらすように召されています。」
 

 そうだこれらは、ガラテヤ5:22に書かれてあることだった。全て御霊によってもたらされる実だ。主よ。これらの実を僕たちに下さってありがとうございます。


僕たちはこれらの実を大切に保ちます。これらの実が実り続けることを妨げる一切のことを僕たちは僕たちの人生から退けます。



 ガラテヤ5:16「御霊によって歩きなさい。そうすれば決して肉の欲を満たすことはありません。」

毎瞬間ごとに御霊によって生きよう。
御霊と呼吸を合わせて生きよう。
御霊の好むDNA(考え方)をしっかり倣って生きていこう。


II コリント「私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。」

主を喜ばすことが、人生の目的。そしてこの地上で他者に本当の喜びをもたらすことが、僕らがこの地に存在している理由なんだって、確信する。そう思うだけで心が喜びで一杯になってくる。

本当のサービスとは;それはサービスを通してその人に本当の喜びをもたらすこと。
 




結論:本当の喜びを持つ人だけが、本当の喜びを提供できる;
それは神さまだけから来る喜びで、どんな逆境の中にあって、取り去られることのない喜び。

神さまから来る喜びって何だろう?
それは、
「わたし」が神さまに熱烈に愛され、
「わたし」の罪が永遠に解決されており、「わたし」の現在と将来の祝福が永遠に保証されている事実を知って、これらを100%確信することから湧き上がってくる喜びです。僕も持ってます。そしてあなたも。

 この様な人から本当のサービスが、他者に提供されていきます。そしてそのサービスを受けた人も、本当の喜びを知るように至ります。

神さま、この喜びをありがとう。