Tuesday, November 16, 2010

あなたはこの世界の光だよ/Be the change that you want to see in this world

聖書は言います。(マタイ5:9)、「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子と呼ばれるから。」




こんなすばらしいYoutubeを見つけました。 

 
(画面の右下をクリックして拡大してネ!) 



罵り合い、憎しみ合い、殺し合う中、平和をつくる者がこの世界には存在すると聖書は言っています。。それは明らかに特別な才能、能力、経験を持っている人のことではありません。(この幼い少年のように)


平和をつくる人、それは、みんなが傷つけ合う中でも、愛することを選択することを忘れない人。どんな時でも、嵐の中でさえも、揺るがないその人は、ただ愛するという真理の原則のみを見つめます。その一点だけにフォーカスを合わせるために、その他すべての(罵ること、憎むこと、殺すこと等の)選択肢を払いのけます。

聖書は、今ある平和(それは、表面的なものかもしれません)を維持する者が幸いと言っていません。痛みの中、傷つけあう中で、平和をつくる人、産みだし、創造していく人が幸いである、と言っています。

それは、人から、周りから誰かがつくった「平和」を甘んじて受ける人でなく、「平和」をつくり、他者に与えていく人。

このYoutubeのタイトルはとてもセリフとして有名ですが、その原則は常に私たちの心にパンチを与えてきます。


本当に教えられるものです。「あなた自身が、あなたがこの世界でみたいと思う「変化」になれ」というものです。他の人任せでなく、誰かがいつか「平和」をつくりだすのを待つのでなく、"あなた"が「平和」をつくり出す人になりなさい、と言っています。


この様な生き方が私たちに本当に可能でしょうか? 




→はい、本当に可能です。

なぜなら、聖書は断言しているからです。マタイ5:14「あなた方はこの世界の光なのだよ。」






「あなたは今(現在型)この瞬間に、世界の光なんだよ。あなたの過去は暗かったかもしれない、過去は、罪と汚れ、恐れと不安で一杯だったかもしれない。

でも、あなたの本当の姿は、そのようなものではないんだよ。あなたはこの世界の光、そのものなんだよ。世界の誰もその光を否定することができない。

あなたはこの世界で輝く光として、あながた生まれる前からデザインされ、創造され、そして光として歩むように今も使命が与えられているんだよ。だから、自分がどのような存在なのかよく知り、その様に生きてごらん」と聖書は語りかけています。


「あなたはもう光なんだよ。明日、光のようになるのでなく、今日、今この瞬間、光なんだよ」。

平和をつくりだす、そこには想像を絶する産みの苦しみが伴うかもしれません、常に「恐れ」という敵が潜んでいます。


だからなんなのでしょう。産みの苦しみの後は、誕生の喜びが待っていますから。その喜びをこの世界で、私たちは見ることが本当にできます。

光、それはこの世界の闇を照らすためになくてはならない存在。そう、それが ”あなた”です。
 















http://www.youtube.com/watch?v=nGyutkBvN2s

4 comments:

4 said...

It is awesome! One small child who has no special abilities can make a BIG difference.

And your message is full of encouragement.
It made me think of things that I can do where I am to bring peace among people.

Looking forward to seeing new updates on your blog.

Ken4

Kenji Emanuel said...

Thanks Ken4 for your encouragement. Actually I got this you tube from my online class that some of JIFH staffs have been taking right now.

Thanks for your heart to spread the gospel to the world!

Blessings

Anonymous said...

Kenjiさん。素敵な記事をありがとうございました。
とても励まされました。
「あなたは今この瞬間に、世界の光なんだよ。あなたの過去は暗かったかもしれない、過去は、罪と汚れ、恐れと不安で一杯だったかもしれない。
でも、あなたの本当の姿は、そのようなものではないんだよ。あなたはこの世界の光、そのものなんだよ。世界の誰もその光を否定することができない。」
なんて感謝なことでしょう・・

どんなに小さな光であったとしても・・神様の鉛筆となれるよう・・歩みたいと思います。

Kenji Emanuel said...

Anonymousさん、コメントありがとうございます。

本当に、「私」とう個人は、弱くて、つまずきやすいかもしれません。

でも、僕たちの中にイエスさまという無限に力と励まし、喜びを与え続けてくださる方がいるので、「私」も光となり続けることができます。

この世界は「できない」を連発します。

でも真理は、聖書は、僕らを創られた神は、「ぜったいにあなたはできるよ。私はあなたをそのためにデザインし、そのためにあらゆる力をあたえ、その使命を全うするようにもう計画をもってるよ。だから安心して、ついておいで」って言ってくれてます(エレミヤ29:11、エペソ2:10)。

神様の鉛筆、いい例えですね。確かに、デザイナーの神様はもうすでに何を描くか、完成図をキャンパスの上にもう見ていますよね。

God bless you!

Bless your heart!